水路探検隊 長沢川を行く2/3【ノーカット版】

水路探検隊 長沢川を行く

 住宅地図から長沢川が消える地点から水の流れを追って上流まで来てみた。林城を抱える金華山の麓、山辺小学校あたりが(おそらく)分岐地点である。

 市街地からまさかこんなに分岐点が離れているとは思わず、ちょっと面を食らってしまった。西小松から北小松あたりで長沢川(とおぼしき水路)は薄川と完全に平行になり堤防脇を流れ始めた。

 くっつくのは時間の問題と思われた。

 でもなぜかくっつかない。

 くっつきそうでくっつかない。あくまで最終回まで引っ張る恋愛ドラマを見ている気分だ。引っ張りに引っ張りようやくくっついたのがもう山辺の入口もいい所、金華橋のさらに上である。

 取水口にある青い水門が小さく開けられ水が取り込まれている。水門をよく見てみようと河川敷に降りてみると薄川の下流の先に雪化粧をした北アルプスがよく見えた。

 分岐点から西小松までは紆余曲折ありつつも基本的に薄川に沿って街中へ向かって進む。この辺りは田んぼが広がりところどころ田んぼへ灌水するための水門が取り付けられていた。

 薄川の名物、桜並木と並行して流れる長沢川に沿いつつ下流へ向かうと、山の子保育園を過ぎた辺りでくいっと北へカーブする。そしてそのまま幅三メートルほどの路地の中へ水路は進んで行った。

 流量が多いわけではないので水は普通の雨水用の側溝をおとなしく流れているだけだが、この道のうねり具合、細さ、勾配、建ち並ぶ家の裏口に面している感……。

 ここは、もともと道全体が水路だったのではないだろうか。

 あとあと答え合わせをすることはほとんどないけれど、なぜこうなっているのだろうとか、得られた情報から予想してみるのが街歩きを楽しむひとつの要素だ。

 

 やがて郊外を流れていた長沢川はだんだんと街中に入っていく。露出していた水路も完全に側溝になり、しっかりと蓋までかけられてしまう。地方から上京した彼も田舎臭さが徐々に無くなってくるわけだ。

 都心には近くはないがそれなりに近づいている感。松本から見たら多分、八王子あたりのポジション、都会感である。高尾ではない。

 このあたり(松商学園―県の森―埋橋)の見どころは間違いなく松商学園正門前と県の森の南西の交差点である。

 この付近で水路が交差点を横断するのである。前者では道路の真ん中に等間隔に四つ、後者は交差点のど真ん中にグレーチングが見て取れる。管理のためだろう

 川の上を道路が通る場合は橋が自然だ。だけれど、(勝手に細い川のことを水路と呼んでいるが)水路のような細さだと橋を架けるまでもない。流量によると思うが、車の荷重を考慮した側溝を埋設すれば事足りるのだろう。

 だがしかし、道路を水路が横断する場合、よく見るものは全面に側溝があらわになっているか、もしくは完全に埋められているかのどちらかである。

 ピンポイントでグレーチングだけが浮き出ているところはあまり見ることがない。レアな横断水路である。

 しかも、長沢川は薄川から取水しているため常に水が流れている。雨が降ったら流れる普通の側溝とはわけが違うのだ。つまり、交差点のど真ん中に開けられた穴から水が流れている様を堪能することができるのである。こんなところはあまりお目にかかれない。

 そんなわけでついつい興奮して松商学園の前で写真を撮っていて気づかなかったが、ふと顔を上げると遠巻きに職員がちらちらとこちらを見ている。水路を撮っていただけなのにそんなに怪しいだろうか。なんかやばい感じがしたのでふわっとその場をあとにする。

 さて長沢川の幼少期、少年期を紹介させていただいたが、ついに核心、都心、中心部に至る。知らない人は知らないかもしれないが、知ってる人は長沢川と言ったらこのあたりを思い浮かべるはずだ。

 西埋橋から緑橋(袖留橋)を経て松本駅の南接する車両基地の下にもぐるまでである。

 さっきは大して下調べをしてないふりをしたが、本当はもう一つ「松本城下町絵図」というものを見ていた。十七、八世紀ごろの城下町を描いたものであるという。

 そこにはしっかりと長沢川が描かれているのだ。長沢川以北、松本城側の街道沿いには当時での郊外感はするものの、町家だとか社寺が並びしっかり町であることが見て取れる。以南の馬喰町、南の十王堂を経て薄川までの間になると町家こそあれど、脇道の行く先には「田道」とも記されていて明らかな郊外な感じだ。

 松本城の城下町は南から田川、薄川、長沢川、女鳥羽川、惣堀・内堀などものすごい水の防衛ラインが築かれている。その中堅あたりを長沢川は担っていたことになる。絵図の緑橋周辺には「袖留堀」という堀まで築かれている。

 三、四百年も前から長沢川は防衛上整備されていた川だということがわかる。

 

 このあたりになると水路はイチ側溝から脱却し立派な都市型水路となる。もともと側溝時代からそれなりに水量のあった彼。ポテンシャルは充分であったのだ。街中に入りその実力にようやく世間が気づいたのである。

 さすが都会というべきか。この周辺では楽しめる所は多い。

 水路に関してだけ、大きなところだけ挙げてみると複断面と私的な橋になるだろうか。(このあたりは深志神社をはじめ名所旧跡、のみならず、市民芸術館などの文化施設が多い。が、あくまで水路の魅力について話している。今回は一切触れない。)

 長沢川は松本市街地を流れる他の名のある水路、大門沢川や蛇川、榛の木川等に見られない特徴がある。それが複断面だ。

 

 広い河川、松本で言えば女鳥羽川や薄川では普通にみられる断面だが細い水路じゃあまり見ない。高水敷、低水路に分かれているのである。

 薄川でいうところのいつも水が流れているところ(低水路)と、いつもバーベキューするところだけれど大雨の時には川になるところ(高水敷)といったら分かっていただけるだろうか。

 長沢川ではそのミニチュア版の断面をしているのだ。なので晴天が続けば水は低水路を流れているので河原をジョギングするがごとく高水敷を歩けちゃうのである。

 大きな川の河川敷を歩くことはあるかもしれないが、水路の河川敷(?)を歩くことが普段の生活であるだろうか。しかし一度歩けばその魅力に気づくだろう。もうまったく街の風景が違って見えるのだ。

 周辺地盤面からさらに低い所を流れる川底から見上げると普通の民家がより高くそびえたっているように見える。水路に沿って歩いてふと狭い空を見上げると、まるでベネチアの水路をゴンドラに乗って進んでいるかのように感じるはずだ。

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